关键词不能为空

当前您在: 主页 > 英语 >

《日语》第二课 命をかけて

作者:高考题库网
来源:https://www.bjmy2z.cn/gaokao
2021-03-02 15:49
tags:

-

2021年3月2日发(作者:felt)


第二課



命をかけて



今から六十年ほど前、明治二十八年八月のことです。



富士山の頂,


剣の峰に、


不思議な小屋が建て られました。


南北約五?


五メートル、


高さ約三メートルの木造の平屋です屋根には,


カタツ


ムリの角 のように、


棒が行く本も突き出ていました。


小屋の上の岩


の上には、お碗のようなものが、くるくる回っていました。家の周


りは、冬に供えて、石でしっかりと囲まれていま



「和田先生 、おかげさまで、とうとうできました。



< br>未だ若い野中到は、尐し興奮して、頬を赤らめながら、うれしそ


うに言いました 。



「運、できた。とうとう日本にも高山気象観測所画できた 。全く


野中のおかげだ。




そう答えたのは、


中央気象台の天気予報課長の和田雄治技師でし


た。



「いいえ、何もかも先生のおかげです」


この時まで、


日本のどこにも高山気象観測所はありませんでした。


外国では前から、


アルプスのモンブランにも、


南アメ リカのミスチ


ー山にもあって、一年中気象の様子が詳しく調べられていました。


高い所の気象が分かれなければ、漁業や農業?交通等、大切な仕事


に 役に立つ正しい天気予報はできません。



気象観測の重要性を知った野中到は、三十三歳のとき、



「どうかして、日本にも気象観測所を作りたい。


」と考えて、和< /p>


田技師を尋ね、気象学の勉強から始めました。



そして、


七年後の今日、とうとう富士山の頂に、その私設観測所


を創設下のです。


和田技師野指導で、


必要な器械類 の備え付けをし


て、


これからの観測の仕方についても、


いろいろ注意をうけました。



「さあ、この 一冬を、ここでしっかりがんばるぞ。



長年の願いがかなった到は、


喜び勇んで、


妻の千代子と三 歳にな


る長女を東京に置いて、明治二十八年の九月三十日、今度は、ただ


一人で、この私設観測所へのぼってきました。そして、次の日の十


月一日か ら、日本最初野高山気象観測を始めたのです。



世間の人たちは、目を丸くして、おどろきました。



「富士山の天辺で一冬越すなんて、


死にに行くようなものだ。



中さんは、気でもたのではないか。




確かに、


そのころ、


冬を目指して富士山に登るなどということは、


思いもよらない事でした。冬になると 、山の頂と下界とは、全くき


りはなされてしまうのです。病気になっても、医者どころ か、水い


っぱい運んでくれるものもありません。


万一のことを 思って、


和田


技師をはじめ、


気象台の 人々は心配しながら、


到の熱心なこの企て


の成功を心から祈っ ていました。



十月の晴れた日の富士山の頂上からの眺めは、


本当にすばらしい


ものでした。北には、富士五湖が青々と水を たたえ、南には伊豆の


山々が連なって見えました。山すその延びたところには、静浦、 田


子の浦?三保の松原?清水港等が、一望のもとに見下ろせて、その

< br>美しい眺めが、一人ぼっちの到の心を楽しませてくれました。



ところが、


十月も過ぎると、


雪が降り出して、


山の上は厳冬の季


節に変わっていきました。半月ほど経ったある日の 事です。突然、


妻の千代子が、


強力たちに支えられるようにし て、


山の頂上へ登っ


てきました。



何の用で来たんだ。



到は、驚いてたずねました。



「お手伝いにまいりました。




「子供は?」



「九州の親元に預けてきました。




「そうか。


でも、


< br>ここはとても女のいられるところではないぞ。


すぐ戻ってくれ。




「いいえ、あなたのそばで働きます。私だって、 何かのお役には


きっと立つでしょう。




千代子は、


命をかけた夫の仕事を助けたいと、

< p>
固い決心でここま


で登ってきたのでした。



二人きりの、


雲の上の明けくれが始まりました。

< br>今まで到一人の


時は、


一日に時間おきに十二回の観測と その処理、


そして次の準備


から食事の支度で、休む暇もありま せんでした。けれども、妻が来


てから、食事の苦労がなくなりました。観測の記録も、 忠実に手伝


ってくれました。



「やは り、いとりより、二人のほうが仕事がはかどる、千代子が


着てくれて本当に助かった。




到は心の中で感謝しました。



こうし て、



一ヶ月は無事に観測を続けていくことができました。< /p>


ところが、十一月に入ると、来る日も来る日も、強風が鳴り続け、


粉雪が渦を巻いて荒れ狂いました。


小屋は雪に埋まって、


気 温は氷


点下八度、九度、十度と、どんどん下がっていきました。



そして十一月の中ごろには、


妻の千代子が扁桃腺炎二なっ て、



十度の熱にいく日も苦しみました。

それが直って、


ほっとしたのも


つかの間、


妻の体がむくんでました。


空気の薄さから高山病にかか


ったのです。手当ての施しようがありません。



「かわいそ うな千代子、次は私の番だ。だか、倒れてもやるぞ。




到は、妻の看病をしながら、観測を続けていきました。



すると、どうしたことでしょう。十二月に入ると、妻の病気は


次第 によくなって、元どおりの元気な体になりました。



「ありが たい、これで仕事が無事に進むぞ。




到はほっと安心しました。



ところが 、


妻の病気が治ったかと思うと、


今度は到の体がむくん


ではれ上がり、高い熱に苦しむようになりました。



「なあに、心配することはない。千代子と同じように、そのうち


に直る。




到はそう思いました。


けれども、


病気は日増しに重くなっていき


ました。< /p>


野菜の不足から来る重い脚気になったとは、


気が付かなか

-


-


-


-


-


-


-


-



本文更新与2021-03-02 15:49,由作者提供,不代表本网站立场,转载请注明出处:https://www.bjmy2z.cn/gaokao/690674.html

《日语》第二课 命をかけて的相关文章